弱い自分と生きていく

2016年6月12日の今日は、私の母の5回目の命日でした。

私の母は2006年11月に直腸がんを患い、2011年に他界しました。

私が高校2年生のときに病気が判ってから、今日までの10年間、家族のことを思わない日は1日もありませんでした。

 

昨日ふと、火葬場でのことを思い出しました。

火葬のスイッチを押す父の手、灰にまみれた遺骨を箸で骨壺に入れる瞬間、

人間ってあっけないんだな。

でも強くて、なかなか死なないんだよな。

 

そう思ったのを覚えています。

 

 

母が闘った5年間、私も闘いました。

 

大学受験のため泊まりで神戸へ行ったとき、母が付いて来てくれたけど、逆に母の体調を悪化させてしまったこと。

母が入退院を繰り返しているときは、心配で眠れず、拒食になってしまったこと。

就職活動期に亡くなったときは、やっと終わったという安心感。

言葉にできない寂しさ。

 

これから何のために生きていくのだろう。

 

一つ一つ湧き上がる感情に対して、耐えて、努力しなければ、何一つ進められる状況ではなかった。

 

今もそういうときはある。

 

無理に進めるから失敗もします。

立ち止まったら、一生立てなくなりそうで、進むことしかできません。

 

強くはない、でも、弱くもない。

 

良かったことは、

気持ちのアップダウンを繰り返しているうちに、

自分の価値観が確固たるものとなり、

自分自身をより信頼できるようになったことです。

 

そして、周りの人に感謝できるようになったこと。

 

 

 

5年、10年、何年たっても、癒えることのない痛みを人間は抱えていくものだと思います。

 

どんなに酷い状況があったとしても、前に進みさえすれば成長できるんだ、

と年々実感します。

 

 

だからどうってわけじゃないけど、

今日は弱い自分も含め、”自分”であることを書きました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

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